
デザイン保護の分野では、大西洋の両岸で大きな進展が見られている。米国では、連邦巡回控訴裁判所(Federal Circuit)が2024年5月21日に下した LKQ Corporation v. GM Global Technology Operations LLC, No. 2021-2348(Fed. Cir.)判決を契機に、デザイン特許法において重要な転換点を迎えている。一方、欧州連合(EU)は依然として、共同体意匠登録(Community Registered Designs, 以下「CRD」)の確立された枠組みの下で運用を続けている。両制度はいずれも工業デザインの美的側面を保護することを目的としているが、その保護基準、執行、無効理由の評価において大きく異なるアプローチを取っている。
米国デザイン特許法における LKQ 判決の影響
LKQ v. GM 判決は、35 U.S.C. §103に基づくデザイン特許の進歩性(自明性)無効の評価方法において大きな変化をもたらした(詳細はLKQ関連情報を参照)。
従来、連邦巡回控訴裁判所はIn re Rosen, 673 F.2d 388 (CCPA 1982) およびDurling v. Spectrum Furniture Co., 101 F.3d 100 (Fed. Cir. 1996)に基づく二段階テストを適用していた。このテストでは、(i) 主たる「一次参照(primary reference)」として、請求されたデザインとほぼ同一の全体的視覚印象を持つ先行意匠を特定し、その上で (ii) 「一次参照」と「密接に関連」する二次参照を組み合わせることが自明である場合にのみ、無効が認められるという極めて高いハードルが存在していた。
この厳格な基準は、しばしば特許権者に有利に働いていた。
しかし、LKQ判決において連邦巡回控訴裁判所は、特に最高裁判所によるKSR International Co. v. Teleflex Inc., 550 U.S. 398 (2007)の判断を踏まえ、これらのテストの妥当性に疑問を呈した。裁判所は、一次参照を必須とする硬直的な要件は現代的な自明性の原則と整合しない可能性を指摘し、デザイン特許の無効性を立証するための基準を緩和する方向性を示唆した。
このより柔軟な基準が定着すれば、創造性の飛躍が乏しいデザインの無効化が容易になる可能性がある。特に自動車産業や家電など、デザインが段階的に進化する分野では、無効審判の増加が予想される。
EUにおける共同体意匠(CRD)制度
対照的に、EUの共同体意匠(CRD)は欧州連合理事会規則(EC)第6/2002号(Council Regulation (EC) No 6/2002)に基づいて運用されている。
保護を受けるためには、デザインが以下の要件を満たす必要がある:
- 新規性(Novelty):出願日前に同一のデザインが公衆に公開されていないこと。
- 個別的性格(Individual Character):既存のデザインと比較して、「情報を有する使用者(informed user)」に対して異なる全体的印象を与えること。
同規則第6条では次のように定められている:
「デザインが、情報を有する使用者に対して、出願日前(または優先権日)に公表された他のデザインが与える全体的印象とは異なる全体的印象を与える場合、当該デザインは個別的性格を有するものとする。」
このように、CRD制度における「個別的性格」は、デザインが独自の美的アイデンティティを持つことを保証する。評価は、情報を有する使用者(平均的消費者よりも審美的識別能力が高いが、専門家ほどではない)による全体印象に基づいて行われる。したがって、デザインの部分的な差異が全体印象を大きく変えない場合、それは個別的性格を示すには不十分とされる。
この評価は比較的であり、審査官や裁判所は先行デザインとの「並列比較(side-by-side comparison)」を行う。設計の自由度、デザイン分野の密度、差異の重要性などが考慮される。機能的制約により類似性が高い分野では、わずかな違いでも個別性が認められる場合があるが、創作の自由度が高い分野では、より顕著な差異が求められる。
EU制度は、米国のような「一次参照」や形式的な枠組みを要求せず、既存の全てのデザインを考慮して新規性・個別性を判断する。この柔軟なアプローチは、漸進的な改変による独占を抑制しつつ、革新を促進するEUの理念と整合している。
主要な相違点とその含意
これまで、米国とEUでは保護のハードルが大きく異なっていた。
LKQ判決後の米国では、「一次参照」要件の緩和により、無効性の判断基準がEUの「全体的印象」テストに近づく可能性がある。
一方、EU制度では、個別的性格の要件が厳密に適用されるため、わずかな差異に基づくデザイン保護は難しくなる傾向にある。
また、両制度間では権利の範囲にも差がある。
米国のデザイン特許は、図面に示された特定のデザインに限定された強力な独占権を与えるのに対し、CRDは「異なる全体印象を与えない」範囲を広くカバーするものの、より曖昧な保護ともいえる。
無効化の基準も異なり、米国では従来、特許権者に有利な厳格な基準が採用されていたが、LKQ判決によりそのバランスが変化しつつある。一方でEUでは、「情報を有する使用者」基準の下で、微妙な美的差異を巡る議論が頻繁に行われている。
今後の展望
米国とEUのデザイン法制度は、それぞれの法的伝統と経済的優先事項を反映している。
LKQ判決の帰結次第では、米国におけるデザイン特許無効性の判断がより柔軟になり、EUとの制度的な隔たりが縮まる可能性がある。
グローバルに事業を展開する企業にとって、これらの進化する基準を理解することは、効果的なデザイン保護戦略を構築する上で極めて重要である。
今後、米国裁判所がLKQ判決の適用をどのように具体化し、EU判例が「全体的印象」テストをどのように洗練させていくかに注目が集まる。
両地域の実務家間の連携は、これまで以上に重要になるだろう。
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